「どうしてこの活動してるんですか?」という問いへの答え①


 路上の医療相談会に参加させていただくようになって少し経って、この頃は相談会にボランティアや見学者として来る学生と会う機会が増えてきた。
 そんな学生に、相談者が途切れた隙間に手短にお話しすることがいくつかある。出会った相談者への対応内容に関することや、学生の関心ごとなど、内容はその時々で異なる。といっても残念ながらまだネタがあまり多くない。
 そんなわけで、自分のネタを蓄積するためにも、あとで学生に読んでもらえるようにするためにも、その時々で学生に話した内容をここに書き残してみることにする。
 
 殆どの学生から尋ねられるのは、「どうしてこういう活動をされてるんですか?」という質問。
 その時々で頭に浮かぶままに話すので答える内容も少し違うと思うけれど、今日は今日の気分で書いてみる。
 
 最初のきっかけは恐らく大学1年生の時の実習。これは学校の授業としての実習ではなくて、個人的に市中病院で行ったもの。
 当時の私は、自分の病の体験から、いわゆる統合医療に関心を持っていた。これはある知り合いの町医者(私の親戚いわく「ゴッドハンド」)から言われたことだけれど、かつての世界4大文明にはそれぞれの文化圏にそれぞれの医療が存在した。アホな高校生だった私にはそれだけで「へ~!」と興奮気味になったが、帰りの電車の中で思った。世界の文明やら文化圏って4つだけじゃないよね。てことは、その数だけ医療が有っていいんだよね。どれが絶対に正しくてどれが絶対に間違いということではなくて、それぞれに文化の見方で人間の「健康」を捉えて、そこにアプローチを試みている。そんな色んな見方考え方を統合するようなことができたら、西洋医学一辺倒の治療では解決されない病にある人たちの健康も取り戻すことができるんじゃないか。そんなお花畑思考で大学を目指し、見事に受験に失敗し、浪人して医学部に滑り込んだ。そして最初の実習で衝撃を受けることになる。
 この時の実習は、医師を含めた多職種について回る体験をしたはずなのだけど、覚えているのは医療ソーシャルワーカーのことだけ。
 「医療費が払えないから、保険料を納められないから、病院に来られない人たちがいます」。医療ソーシャルワーカーはそう言って具体的な数を示してくれた。驚いた。自分が18年間も住んでいた地域だった。自慢じゃないけど私も小学校時代はお小遣い1か月数十円という生活で、文房具を買えばお小遣いが消えてしまうようなひもじさだったけれど、病院にかかれないという経験はなかった。行きたくもない歯医者にも散々通わせていただいたし。想像がつかなかった。ガツンと頭を殴られた気がした。「4大文明?統合医療?生ぬるいこと言ってんじゃないよ。お前がどんなに頑張って仮にそんな医療を実現したって、お金が無いから病院に行けませんって言われたら何の意味もないじゃない。お前は考えが甘い。」頭の中でそういう声が響いた。なんだかクラクラする思いで実習から帰宅した気がする。国民健康保険の資格者証という存在もそこで初めて知った。そしてまた別の機会に、保険料の納付も困難な彼らがいったいどんな生活をしているのか、お願いをして実際にお話を伺わせていただく機会も得た。何とか医療費を収めて何とか生活しているおばあちゃんの家から帰ろうとしたとき、敷居に頭をゴンとぶつけて、頭を撫でられて胸が熱くなった。
 経済的困窮による医療アクセスの障害。その後の長い学生生活で、大学の先生方からは1度もそんな実態を教わることは無かったけれど、自分にとってそれは生き方を左右されるような学びだった。
 この学びを他の学生にも伝えたくて資料をまとめてレクチャーを作ったりして、そうする中で問題を自分の中に内在化させていた。この問題意識がずっと自分の深部に植えついていった。
 
 これが、私が今の道にいる大きな節目の1つ。

雪解けの滝子山にて